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私は絵を描くことは幼い頃から知っていました。でも、それをすることで自分自身と向かい合うことを始めたのは3年ほど前、牛や樹という自然のものたちと出逢ってからのように思います。
牛からは生きること、死ぬこと、牛の独特の時間のリズム、反芻することを学び、樹木からは、触れて感じること、時間を乗り越えて遡ること、樹木の中の流れのように私自身の中にも流れがあって私の中にも一本の樹があることを知りました。
そして私はいつも森の中に居るのです。現実に存在する樹木の茂った森。都会へと姿を変えた建物、人間の中の森。私自身の内の世界の深い森。
私はこれらの森の中によく迷子のように歩いています。
地図もなにも存在しない森。
ただ私の位置や存在を探すために絵を描くことは、私にとって忘れていた記憶や眠っていたもの、おぼろげな感覚を思い出させます。自然や人間関係との外側との関わりの中でそれが私の内側とぶつかり交じり合ったものが絵になります。強烈にリアルに私の感じたままに嘘もなくそのままストレートに私と向かい合う心の鏡みたいなものです。そして日記のようなものです。そして、もう一方で散歩をしながら拾い集めた流木や貝殻、木の枝、落ち葉、工場の鉄クズ、壊れた日用品などを使って、あるカタチにする私の行為があります。
海や山、街のものが出逢ってひとつひとつの持つ力が集合されて人間的であって動物的な顔になってまた新たなものへ生まれ変わります。
私はそのものたちの中でとても旅をしているような気持になります。
私の手の中から生まれたものなのにつくったようで、私の行為とは違ったような不思議な関係です。
それらの生きものたちは頭の中にみんな落ち葉をいっぱいつめ込んでいます。森の記憶を知っています。そして、森を食べて生きています。
私は絵やつくったものたちを通して、また違う場所から私を旅へと連れ出してくれます。そして私の中にある物語が始まります。
まだその途中の中に居ます。
そして私は森の中を歩いています。
(※この略歴、文章はアートアニュアル'99パンフレットに記載されたものです)
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