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一週間、いやそれ以上かけて部屋の大そうじをした。ベッドや棚、机を移動し、いらないものはかたっぱしから捨てた。だれかにもらった、うらしまたろうの貯金箱、何年も前の雑誌、どこかで拾った貝殻、5、6年はたったであろう証明写
真(おそらく今でも使える)などなど。いつのまにか、ものを捨てられない私の部屋はいらないものであふれかえっていた。ひとつひとつのものにはたしかに曰くや思い入れや思い出があり、見慣れた部屋のなかではほこりをかぶっていることに気づかなかったのだ。しかし改めて部屋を眺めると、なんとも重く湿り気をおびている気配さえするではないか。こんな部屋にはいられない、どうにかしなくてはと今いるもの以外は思い切って捨てることにした。いらないものを「いらないもの」として見極めるのには時間がかかったが、捨てまくる自分が、着流しで風に吹かれ人情を切り捨てる一匹狼のようにみえてき男前な気分になってきた。そうしたあれこれの末、風通
しのいい厳選された私のお部屋が完成した。
渡、部屋そうじの報告をしたいわけではないが、掃除機をかけながら考えた。たかが部屋の模様替えといえどもいろんな意味が重なってくる。いるものしかいらない。いらないものはいらない。本当にいるものを見極めるのは難しい。作品をつくるときにもそれは同じだ。そのとき大切なものもいつか必要ではなくなっているかもしれない。見極めをおこたると、部屋には気づかないうちにいらないものが増え、ものは定位
置におさまりほこりをかぶってしまう。
そうなる前に、うむ、そうじはこまめにしよう。
(※この略歴、文章はアートアニュアル'97パンフレットに記載されたものです)
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