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最近、制作をしていて、つくづくかんじることは、「知」が表現の可能性を開けているとは考えられるけれど、やっぱり魂のある表現、作品が好きだし、それに向かいたいということだ。
現実の知の世界(思想や科学/論理や技術)にとらわれることなく、「直感」で何にしあがるかわからない、あるいはそうなるべくしてなってゆく作品を仕上げることの方が楽しい。
決して満足のいくものはできないし、ましてや過去の作品はつまらなくなってゆくのだが描くことは楽しいことだ。
自己満足とは他人の価値基準に自分が当てはまっているかどうかであって、他人の介在しない心の宇宙はとてつもなく広大だ。
売ることもアートだし、経済流通をデザインすることも最大のアートだ。とても面
白い。コンセプトにそった作品もたしかに面白いものもある。しかし、やっぱり、魂のある表現が好きだ。曖昧な言葉かもしれないが、波動を感じさせてくれるものが好きなのだ。(今の現代美術の人たちに取り囲まれていると言いにくいことなんだけれど・・・。また、逆にプリミティブアートを絶賛しているわけではないが)少なくとも言葉に置き換えられるようなメッセージなど聞きたくもないし、あきてしまう。
直感を論理化しない行為、描くことのそれそのものが目的で言いたいこととか、視覚的(科学的)実験等の為の表現ではない行為。
自己存在を認めさそうとかではなく、ニヒリズムを超えて、失ってゆくだけのこれからの時代の実存的生き方の中に、そのくすぶる魂を燃やしたいのだ。
惰性的な人間関係と労働に屈する事なく、又、観念にとりつかれて繰り返す失敗を恐れること無く楽しい制作をしてゆく。
昔から言われるようにわけのわからぬ衝動にとりつかれて描きたいものを描いて、変化し、悩み、癒して、それが結果
的に他人に喜ばれ、嫌われればいいのだ。
すべては僕の為なんだ。
(※この略歴、文章はアートアニュアル'97パンフレットに記載されたものです)
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