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1997. 9月
根拠のないイメージが、切り取られた時間と空間にスライドしたプランが、制作の核にある。制作に向かう意欲、しかし何もしないで時を過ごす日常。こんな憂鬱と欲求とが複雑な、ひとつの束の状態から、何かを生み出すことは難しいが、無根拠から始めることは悪くない。そんな瞬間に非日常という制作があるように思え、見逃さない。
人がある力で集団を形成していた時代、宗教的な絵画や彫刻が集団のシンボルとして生まれた。現実は個が集合し、その集合が個として様々に映り込む。個人とは他から異種に映り、それがありふれているから個の認識ができる。だからおもしろい。
素材を選び、用意して立つ。これの従来の制作のシステムに類似していると思うと、途端に軟弱になる。他だ空っぽの自分自身に何もできないコンプレックスがヒステリックに入り込む。それを知らずの内に認識していることも恐いが、意欲はそんな軟弱さを隠すように盛り上がり、緊張する。快楽で片付けられる問題ではないが、始めることが整理整頓できないと思うと、緊張はゆるみ始める。
(※この文章はアートアニュアル'96パンフレットに記載されたものです)
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