喜多順子
yoriko kita

profile
1974年生まれ
京都出身
嵯峨美術短期大学絵画専攻科卒業

---------個展歴---------
1996  個展(ギャラリーココ/京都)

-------グループ展歴-------
1994  グループ展(サラサ/京都)
1995  drawing展(信濃橋画廊/大阪)
      ミニアチュール1995展(ギャラリーココ/京都)
1996  グループ展「ヤングへの疾走」(ギャラリーココ/京都)
      drawing展(信濃橋画廊/大阪)
      神戸アートアニュアル'96(神戸アートビレッジセンター/神戸)
      ザブリスキーポイント展(ヴォイスギャラリー/京都)
1997  「普段着の憂鬱」展(ギャラリーココ/京都)
     「シャンプーハットコラボレーション」(信濃橋画廊/大阪)


works
タイトル:「M&M」
     「無題」
     「無題」
制作年:1996

comment
神戸アートアニュアルに向けて
  私はこの夏、ただの1度も泳ぎに行けませんでした。気が付けば鈴虫が鳴いているではありませんか。連日の雨は梅雨を思わせ、「もしかして夏リターン?」と錯覚してしまいます。そんな私も夏を肌に感じる時がありました。生まれて初めて間近で、ほとんど真下で花火を見る事ができたのです。そのすごい事、ものすごい事。花火の燃えかすがボタボタと頭上に降り注いできた時はプルプル震えてしまいました。宝塚、加古川とほぼ3日連続で体験しました。これも一重に警備員というバイトの特権でしょう。そう私はイベント警備員というアルバイトをしていたのです。京都に住む私が神戸で警備員をするに当たっては言うに言えない笑えない理由があったのですがその事は忘れましょう。神戸まつりでは杉本彩 も間近で見れましたし、ビーファイターカブトショーも楽しかったです。加古川の花火では兵庫県警の方と交通 整備をしましたが、兵庫県警の方々の口の悪い事。あまりの男らしさにバックの打ち上げ花火が似合いすぎていました。その方に「君は婦人警官になりなさい。わしが願書もろて来たる」と言われました。こんな私が婦人警官ともなれば世も末です。しかし正直心がゆらぎました。後日その話を先輩に話すと「おまえそれで笑いはとれるが、人生は勝ちとれへんぞ」と言われました。この時も「人生は勝ちとれないが笑いはとれるか」とゆらいだ私でした。その後も連日アルバイトをし続けておりますが製作費と雑費(なんやねんそれ)にまるであの日の花火のようにパッとちってゆくドライマネーとなっております。「いや私って、骨の髄まで芸術家だねー」と笑えない日々を送っているこの頃なのでした。さて、そろそろ絵筆をとらなくてはいけません。日々これ努力。 喜多順子。21歳

(※この文章はアートアニュアル'96パンフレットに記載されたものです)

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