金沢 寿美
Kanazawa Sumi

profile
1979年 兵庫県
京都精華大学大学院芸術研究科在籍
作品メディア:プロジェクト

-------個展歴-------
2003 「Number外国人登録番号」 京都/京都精華大学
-------グループ展歴-------
2001 「306号室プロジェクト private space→public space」 京都/一乗寺
2002 「取手アートプロジェクト2002 Red Line」 茨城/取手市
2003 「-」マイナス展 京都/京都精華大学
2003 「取手アートプロジェクト2002 0通路」 茨城/取手市
2004 「Space」 京都/京都精華大学


works
団欒 境界線(障壁)による(団欒)の遮断
2004
インスタレーション、映像、1/4こたつ
その他:実際の夕食(団欒)を灰色の壁で遮断する

comment
電車の中で、向かい合わせの席に座っている「誰か」と偶然に目があうことがあっても、互いにその存在は、一瞬の出来事でしかないように「話しかけなければ」関わりを持つ事のない、多くの他者が存在します。それは、この世界において、ごく当たり前のことであり、出会いもまた、非常に限られたコミュニティーの中にあります。例えば、社会システムという前提の中で。私は、展覧会でこの場所に訪れた、この偶然をきっかけに、当たり前の日常を「少し当たり前ではない出来事」に変えたいと考えます。その出来事の始まりは「なんでもない世間話から」といったことに近いのですが、ただこの世間話をどんな形でなら、相手は受け入れ、答えを返してくれるのでしょう?そこで私は、この町に住む4人の人達に「私と世間話をするように、交換日記をしてくれませんか。」とたずねました。この突拍子もない、なげかけから始まった交換日記は、公開を前提とした「公開交換日記」であり、行為そのものが作品となります。毎日のように私は(郵便屋さんのように)その人のところに訪れ、少しずつですが、世間話の向こう側に見える、その人の世界に気づき、触れていくことになります。私達は、この世界に流れている同じ時の中で、1人1人が全く違った、自分達の世界を生きています。その世界の1つ1つは開かれた窓のようであり、そこへ「共通の世界(共通の時間)」が自由に行き来している、あるいは通りすぎていくといったイメージが浮かんできます。それは例えるなら、私が「ミツワ帽子店」の前を、「堀 陽子さん」の前をその存在に気づくことなく、通りすぎているように。そして私の作品は、その普段、通りすぎている道のりを少し、立ち止まってみようかという行為なのかもしれません。