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私の中を占めているテーマの一つに『同質であること、差違を認められること』と云うのがある。同じものであっても、置かれる空間によって変化したり、見る人が違えば感じ方が違ったり、同一人物であっても体調やテンションによって面
白味が増減したりするように、実際に数値として差違がなくても、全てのモノ(作品)は変化の中にある、常にその瞬間にしか存在し得ない。
明らかな形を持っているものでもそのようにうつろい易いのは、様々な事象が一つのモノを取りまくからであり、私たちが意識的にも無意識にも、様々なものと関わりながら生きるからである。それは一つには無限の可能性を持つ希望であり、一方で際限のない絶望である。
そのような幾つもの対の考えが私の中で揺れていて(『作者の意志は指先を超えない/作者は全ての作品に責任を負う』『存在するものには全て意味がある、もしくはなければ近く淘汰される/しかしその意味は様々なものの関連性のなかで希薄に存在しているに過ぎない』『同じものを見て違う事を考える/違うものを見て同じ事を考える』)そのフィルターに通
して見なれたものから、一つ一つ形にしてみるが、それもまた、在るようで無いのであり、無いものが在るのである。
これら行き来する概念(モノに宿る思想の振れ幅)は、収縮のイメージを持っている。心臓の動きにリンクする。例えば、生きてる証である。
(※この略歴、文章はアートアニュアル'02パンフレットに記載されるものです)
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