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昨日物干し竿にくっ付いていた洗濯バサミが今日は落っこちていた、ついこの間咲いた花が180度に全開している・・・゛ふと気がつくとそこに何かあった”という感覚 そういった時、自分と異なるモノの世界を垣間見て、全てのものが自身を中心に時間の流れを感じていることに気付かされる。すぐ傍にあるのに自分の視野に普段は入ってこないモノの表情や音、匂いが突然五感に飛び込んで来ると、慣れ親しんでいた今までの自分の生活に違和感やミクロ感、閉鎖感を持ち、そして同時にマクロ感やスケールの広がりを感じることになる。私はこのような現場を発見し記憶していくのが好きだ。
視覚的な事でいうなら、モノが見せる多彩な表情から感じる事が多い。ちっぽけなモノでも大きなモノでも、色や形・ボリュームがあらゆる事を想像させ期待させる。
私はその表情を頭に記憶しまた忘れていく繰り返しに伴って、現実的次元を超えたところにいる自分が縮んだり膨らんだりしながら色々な世界観へ移動している様に感じてしまう。物理的な距離感が分からなくなる。テレビのチャンネルを切り換え、その世界に見入り叉出て行くことに似ているかもしれない。
絵の具に興味がある、顔料は色としてあるニ次元と人間の生活する三次元の間を行き来できる存在となる。絵の具は粘土のように有機的に形を変えていくことができる、時にはリアリティーを見せる力もある。一方で絵の具はさまざまな偶然を見せる、私の把握しきれない偶然の現象はスケールを取っ払う想像性をもつ。この絵の具と私の間にある不思議な対話の距離感は、上で述べていた様に、普段共存していると思っていたモノに突然異なる世界観を垣間見て、自分と疎遠に思ったり逆にふと親しく感じられたりする、そんな不安定な距離感と似ている。
自分が垣間見た世界観を作品に記憶・保存していく、そしてその作品が人の持っているスケール感を新たに換えるような媒体となればいいと思う。
(※この略歴、文章はアートアニュアル'02パンフレットに記載されるものです)
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